ルネス編④「オーディション前夜」

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▲のつづき▼

 

 

 ムーンスター芸団劇場で団長代理のジョセフと明日のオーディションの約束を取り付けた3人は、近くの露天でいくつか食べ物を買い込み「風光明媚」に戻ってきた。時刻はまだ昼過ぎで、エルばあさんから夕方までに帰ってきてくれれば助かると言われていたので予定より大分早く帰ってきたことになる。

「ただいま~」

「ただいま帰りました~」

 「おや、もう帰ってきたのかい?あらサビーネちゃんも一緒かい。お客さんも出かけてるしみんなでお昼でも食べようかね?」

「そうしようと思ってお昼ごはんを買ってきたんです。エルばあさんも一緒に食べましょう」

4人は昨夜のように食堂のテーブルに集まり、買ってきた串焼きやソーセージ、団子やサンドイッチを並べて食事をしながら、ヴィヴィアンが神殿で冒険者登録をしてきた事や、マリーとヴィヴィアンがムーンスター芸団でオーディションを受ける流れになった事などを報告した。

 

「そうかいそうかい、冒険者として働くことにしたのかい。まあ私はここにいてくれれば助かるし遠慮するこたないと思ってるが、私の体の事もあるし、いつまで置いてあげられるかわからないからねぇ。自分で働き口を見つけられるならそりゃ何よりだ。若いんだから何でもやってみるといいよ」

 エルばあさんはそう言いながら3人にお茶を入れてくれてた。

 

 食事を終えた3人は公演で汗をかいたサビーネと共に一緒に温泉に入る事にした。まだ着替えの服や入浴用の肌着*1を買っていなかったヴィヴィアンは、この時やっとこの世界での自分の衣服を自分の金*2で買うことができた。サビーネに借りた服は洗って返した方がいいかと聞いたが「どっちでもいいですよ。どうせ他に着るものないんだから、そのまま持ってても」と言われたので甘える事にした。

 

 3人が入浴用の肌着に着替えて浴場へ入ろうとすると、ちょうど温泉からフィルボルが二人出ていく所だった。エルばあさんはさっき「お客さんは出かけた」と言っていたので、宿泊客以外の入浴客だろう。フィルボルはヒューリンの子供のようにも見えるし男性か女性か見分けるのが難しかったが、一人は3人と同じ女性用脱衣場へ入ってきて、もう一人は隣の男性用脱衣場の戸を開いていたのでそれでわかった。

「あ、ここ混浴だったんだ」

 ヴィヴィアンはこの時初めて気付いて、自分が昨日全裸でここに現れたという話を思い出して今さらながら恥ずかしくなった。ヴィヴィアンが何を気にしているのかすぐに察した二人は「この3人しかいなかったから大丈夫ですよ」と笑ってフォローした。

 

 湯船に入る前にシャワーで汗や汚れを流すのが入浴マナーだ。ルネスでは温泉の妖精と契約しているおかげでシャワーからもお湯が出る。いつでもお湯の出るシャワーというだけでも他の街では珍しく、温泉以外でもこういった部分が観光客を驚かせて人気に繋がっているらしい。

 

 

「ふぅ~、極楽極楽……」

 人肌より少し温かい40度ほどの湯船に肩まで浸かると、サビーネはいつもの癖でついこの言葉が出てしまう。「極楽」という概念はこのアリアンロッドの世界では宗教的にも一般的にも浸透していないはずだが、誰に教わったのかサビーネはいつのまにか「温泉に浸かるとついつい出てしまう言葉」として覚えてしまっていた。

 

「うーん、極楽~」

マリーも釣られて言ってしまい、

「は~。気持ちいい~」

ヴィヴィアンも温泉を満喫していた。

 

 

 

「……って!のんびりしてる場合じゃないですよ!」

突然湯船で立ち上がって声を荒げるマリーにヴィヴィアンとサビーネはきょとんとしている。

「どうするんですかオーディションって!あんなにハードル上げちゃって!ヴィヴィアンはともかく、私何も特技なんかないですよ!サーカスだって初めて見たし、アイドルのコンサートと2.5次元ミュージカルぐらいしか見た事ないんですから!」

「え~?大丈夫じゃない?マリーのお話面白いから、何か面白い話書いてみれば?あたしがそれ演奏したり歌ったりしてみるよ~」

ヴィヴィアンの返事はあまりにも能天気だったが、サビーネはマリーの言葉にあった違和感に気がついた。

「コンサートというと、社交界で?ひょっとしてマリーはどこかの国の貴族だったりするのですか?」

「え、ええっ?いや、貴族だなんて、全然違います、私はただの旅のサムライで……」

「それにニイテン、ゴジゲン?ミュージカル?というのは一体?」

「えっ?サビーネさん、ダンサーなのにミュージカルを知らないの?」

「えっ?ダンサーが知らないのはおかしいものなんですか?」

「えっ?なになに?なんのはなし?」

ヴィヴィアンはそもそも何の話か理解する気もなかったのだが、質問されるとつい必要以上に教えてしまいたくなるのがオタクの性。*3マリーは自分の知っている限りのミュージカルについての知識を総動員して二人に説明した。

「……お芝居を、歌と踊りで表現するのですか。お芝居の途中で突然歌いだしたらお客さんは混乱しないのですか?それに舞台役者は歌手ではないし、踊り子や歌手の仕事がなくなってしまうのでは?聞けば聞くほど無理があるように思えるのですが」

「人気があるおとぎ話を舞台で演じるのはこの世界でもやってるんじゃない?なんで2次元3次元なんて変な分け方をするの?どうしてその間を取ると2.5次元なの?5はどこから出てきたの??」

「いやヴィヴィアンそれは小数点という物で、まず0.1が十個集まると1.0になるんです」

話が脱線してのぼせそうになってしまったので続きはヴィヴィアン達の部屋で話す事にした。

 

 

「ふむ、役者と踊り子と歌手の役割が兼業される話はなんとなくわかりました。つまりダンサーがバードを兼任する事で歌と踊りを両方兼ね備えるスーパースターになるようなものですね」

「みかんの房を10個に分けるとそれぞれが0.1で、1つにまとめるとみかんひとつって事だよね、わかったにゃー!」

「ヴィヴィアン、その話はもういいですから」

 

 

 算数が理解できたヴィヴィアンは、二人が話しているミュージカルの話をみかんを食べながら黙って聞くことにした。マリーは一瞬(猫に柑橘類を食べさせちゃいけないんじゃなかったっけ?)と不安になったが、ここは異世界だしヴィヴィアン本人が気にせず食べているのできっと大丈夫なのだろうと思った。

「……という訳で、アーシアンの世界ではミュージカルやコンサートやライブといった舞台娯楽からスターが生まれる事もある"らしい"のです」

「なるほど、異世界の娯楽文化、侮れませんね……それにしてもマリー、本当にアーシアンについて詳しいですね。ひょっとしてあなた……」

「あ、えっとー……」

そろそろ誤魔化すのも無理が出てきたし、この辺で自分もアーシアンだと告白してしまおうかな、とマリーが覚悟を決めようとした時、

アーシアンの街に行った事があるんですね?」

間違ってはいないのだが核心をついてこない微妙な指摘をされてしまい、否定する訳にもいかずヴィヴィアンに続いてサビーネにもアーシアンであると言い出しにくくなってしまったマリーだった。

(ケモミミっ子はみんな天然なのかしら?)

 

「ねぇねぇ、あのさあ、そしたらこういうのはどう?」

マリーがアーシアンだという事実には触れられないまま、ヴィヴィアンが話を軌道修正してきた。

「マリーが知ってる異世界のお話を元にして、台本を書くの。それを元にあたしが音楽を演奏したり、歌ったり、サビーネが踊ったりするのよ、あ、勿論マリーも役者として舞台に立ってね」

「二人のオーディションなのにわたしも踊るんですか?」

「え?私がお話を作って、え?役者に??」

「うん、まあ明日までだから短くていいんだけど、なるべく登場人物が少なくてジョセフさんが驚くような珍しい話をさ。サビーネはあれだけ話を大きくしたんだから、当然協力してくれるでしょ?」

「ま、まあ協力するのは構いませんけど、いいのかなあ?わたしがオーディションに参加しちゃうのはずるくないですか?」

「そこはほら、ジョセフさんが見て判断するでしょ。あたし達が見せるのはミュージカルっていう文化そのものと、マリーのお話を作る能力、ってことだよ」

「いや、えーっと、私が話を作ってる訳じゃなくて、歴代少年漫画や時代劇がですね……いやそれより役者なんて私学芸会以来一度もやったことなんてないですし、無理ですよ!」

「いいからやるだけやってみようよ~。別にオーディション落ちたからって死ぬ訳じゃないんだし、ダメなら他の仕事探してみればいいじゃん?それにミュージカルっていうの面白そうだし、マリーの作る話ならきっと上手くいくよ」

 

 マリーは随分気楽に行ってくれるものだなと思ったが(そう言われて見れば確かにそうか、何しろここは異世界なんだ、日本での失敗を恐れて挫折して夢を諦めるような考え方をする必要はないし、異世界転生した主人公は大体何やっても上手く行くようにできてるんだもの、やってみるか!)と考えて気持ちが前向きになってきた。

 

「うーん、まあいいでしょう。とは言え時間はありませんよ。どんなお話を作るのか今のうちに簡単に説明しておいてください、わたしはどんな踊りをすればいいか考えておかないといけませんから」

「えーっと、そうですね、急に言われても……何がいいのかな」

一番好きな「魔王鬼丸」の出てくるあの作品は、3人でわかりやすく短い時間で演じるのは難しそうだ。鉄板なのは新撰組赤穂浪士だが役者が多すぎる。水戸黄門暴れん坊将軍桃太郎侍なんかは王道の勧善懲悪で万人ウケするだろうがインパクトは薄い。何か異世界人にも受けて、なおかつカルチャーギャップを感じつつ、王道のストーリーより少し捻った珍しい話、少ない人数でもできる作品と言うと……

「あ、あのシーンなら、3人いればできるかも!」

「なになに?聞かせて聞かせて」

「どんな話なんですか?」

 

 マリーが二人に話したのは日本のある有名少年漫画、それもマリーの好きな悪役と悪女が出てきて主人公がそれを成敗するシーンだ。この話を選んだのには理由があって、やはり異世界に転生したと言えど他人の作品を二次創作して自分が作った事にするのは躊躇いがあった。同人作家の端くれとして二次創作をオリジナルと言い張るのはモラルに反する。そしてそんな事はありえないだろうが、万が一この作品でお金を稼げてしまった場合、出版社や作者本人から訴えられてしまっては元も子もない。オーディションに受からなければ脚本が採用されるかどうかもミュージカルがヒットしてお金を稼げるかどうかもわからないのだが。そしてまさか異世界にまで日本の出版社や作者が訴えに来る事なんてあり得ないだろうが、この作品なら確か作者本人が何かの罪で書類送検されていたはず。つまり訴えようにも「作者本人の方が後ろめたくて訴えを起こせないだろう」と読んでの事だった。

 

──元日本人の同人作家三澄麻里33歳独身。転生したのは異世界のドゥアンのセラトス*4。日本語ならその種族は「鬼」と呼ばれていた──

 

マリーの説明を聞いた二人は呆気に取られていた。

「えっ、その女性、死んじゃうんですか?好きな人に殺されて?」

「マリーの話し方だとまるで悪役の方がかっこよく聞こえるけど、いいの?間違ってない?」

「いいんですそれで!元々これは悪役をかっこよく描くためのシーンですからね!」*5

「た、確かに珍しいしインパクトのあるお話ですが、こんなお話、受け入れてもらえるんでしょうか」

「大丈夫!古来より悲恋物は人気があるんです!悪役との報われない恋も間違いなく女性の心を惹き付けます!このヒロインの役はサビーネさんにお願いします!」

「ええっ?わたし、殺されちゃうんですか??」

「そこはなるべくギリギリまでリハーサルして怪我しないように練習しましょう!台詞も少ないですし、あなたの人気なら女性客が失神するかもしれません!」

「オーディションだからお客さんはいないんですけど……」

「きょ、う、りょ、く!してくれるんですよね!!」

「は、はい……!(マリー、どうしたんでしょう、人が変わってしまったようです)」

「ねぇねぇそしたらあたしは何すればいいの?シーンに合わせて歌詞書いてくれたら曲作ろうか?」

ヴィヴィアンも一緒に協力しようと思って提案すると、キッ!とマリーに睨まれた。

「なに言ってるんですか!ヴィヴィアン!あなたは主人公です!歌は歌ってもらいますが作曲してる時間なんかありませんよ!まず台詞を覚えないと!あなたは不殺を誓った伝説のサムライなんです!今から刀の扱いに慣れておいてください!」

マリーはサムライのスキル「スピリット・オブ・サムライ」で自分の愛刀「正宗」を出現させヴィヴィアンに持たせた。*6

「え、刀って、真剣なの??ま、待ってあたし、刀なんて使った事……あ、あるかも?しれないけど、お芝居で真剣振り回すのなんて危なくて無理だよ!」

「当日は摸造刀か芸団にある小道具の剣を借りましょう!」

「待ってください、確かに芸団にも小道具の剣はありますが、一晩で付け焼刃のサムライの演技を叩き込むよりも、主人公の役柄の方をヴィヴィアンに寄せてみたらどうでしょうか?」

豹変してしまったマリーを宥めるようにサビーネが提案した。なにしろ自分も舞台に出る事に決まってしまったのだ、うっかりヴィヴィアンの振り回す刀で怪我をしたくはない。

「む……そう言われて見ればそうですね。今からヴィヴィアンを抜刀斎に仕上げるよりもキャラクターの方をアレンジするか……ふむ、面白い、それならパクり元がわかりにくくなって一石二鳥かもしれない……いいでしょう、その手でいきます!ヴィヴィアン、あなたの得意な武器は?」

「得意武器?うーん、たぶん弓とか、素手で殴ったり、あー、ナイフも使った事あるかもしれない。なんとなくしか覚えてないけど」

「なるほど、ナイフなら、刀よりも扱いやすいですね……よし、それじゃあヴィヴィアンの役柄は伝説の人斬りジャック・ザ・リッパーにしましょう!」

「伝説の人斬り?」

ジャック・ザ・リッパー?」

ヴィヴィアンとサビーネはもう全くついていけない、マリーの独壇場だ。

「あなたは過去に政府の密命により大量殺人を犯していたアサシンですが、時代が変わり人の命を守る事に目覚め、二度と殺人はしないと心に誓った正義のアサシンです!このシーンでは敵の親玉との一騎打ちを演じてもらいます。重要なのはあなたは『今の自分の行いが正義だと信じている』ということですから、悪役の行動を否定しなければなりません、ここを良く覚えておけば多少台詞を間違えてもアドリブでなんとかなるはずです!」

「は、はい。がんばります!」

「それで、マリー、あなたはどうするんですか?あと残っている役は……」

「勿論!この役は!私がやります!」

さっきまで「役者なんて一度もやったことない」とか「無理ですよ!」って言ってたのに、この人はどうしてしまったんだろう。とヴァーナの二人は思っていたが火を点けてしまったのは自分たちの方である事も自覚していたのでそれ以上何も言えなかった。

 

 そういえばヴィヴィアンは昨日の昼に温泉に現れてから夜まで眠り続けていたのでまだそれほど眠くなっていなかったが、昨夜はマリーと眠らずに今日の朝までずっとおしゃべりをしていた事を思い出した。マリーは眠くないのだろうか?

実はマリーはとっくに徹夜の壁を越えておかしなテンションになっていたのだが、その事に気付くのはオーディションが終わった後のことだった。

 

 この後マリーは脚本を仕上げるため、キャラクター達をこの世界にもっと馴染み深い種族にしようとエルばあさんに話を聞きに行った。ヴィヴィアンとマリーもそれにつき合わされ、脚本の大まかなプロットが出来上がるとマリーはこれから執筆作業に入るというので、夕方からの宿の仕事はヴィヴィアンとサビーネが手伝う事になった。

 

 幸いと言っていいのか、いつも通り「風光明媚」は静かな営業で、マナーのいい静かな客が何組か来ただけだったので忙しくもなく、夕食後の後片付けを済ませるとサビーネはマリーに自分の役について詳しく確認し、一度自分の寮へと帰る事にした。明日はオーディションの前に自分の公演もあるのだ。オーディションの時間は明日の芸団の興行が終わってからになるのでおそらく夜、ちょうど今頃の時間になるだろうとの事。

サビーネは自分の公演が終わったらリハーサルを合わせに呼びに来るから、それまで話を仕上げたら宿できちんと休んでおいてほしいと伝えて寮へと帰った。

 

 ヴィヴィアンも温泉の掃除と宿の掃除を済ませると、マリーに自分の役柄についていくつか質問して、あとは作業の邪魔をしないように宿の脱衣場を使ってナイフを使ったイメージで自分なりにステップや振り付けを考えて稽古をしていた。

 

 エルばあさんもその様子を微笑ましく眺めながら、温泉宿「風光明媚」の夜は平和に過ぎていった。

 

 

 

 

 

アリアンロッドRPG 2E 「穿て 異界の門」外伝

異世界人ヴィヴィアンの旅路

ルネス編④「オーディション前夜」

 

 

▼つづく

*1:ルネスの温泉では公序良俗を守るために入浴用の肌着、または水着の着用が義務付けられている。一部全裸での入浴が可能な温泉もあるが原則的には「風光明媚」でも同様。

*2:神殿から給付されたお金

*3:※個人差があります

*4:有角族

*5:※個人の感想です

*6:AR2Eのルール上はサムライ以外には刀の所持も装備もできないので、演出上持たせただけ。