ルネス編③「煌く焔の踊り子」

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▲のつづき▼

 

 

 神殿で調べた仕事の依頼リストから「ムーンスター芸団」の名前を見かけたヴィヴィアンとマリーは、サビーネの所属する劇場を訪ねてみることにした。時間的には昼食前の頃合いだったが、ムーンスター芸団劇場のある大テント周辺は客引きと観光客で賑わっていた。

「ルネスに来たならよっといで!ムーンスター芸団だよ!」

「曲芸踊り子猛獣使いに奇人変人なんでもござれ!驚きすぎて死なないように気をつけて!」

「ルネス名物、ルネスエッグはいらんかね~この街でしか買えないよ~1つ食べれば寿命が延びる貴重な卵だよ~」

ケバブ串焼きソーセージ、エールとミルクとジェラートもあるよ~」

 

 

「来てみればわかるかと思ったけど、この中からサビーネを見つけるの大変だね」

「踊り子さんとは言ってましたが、演者さんもたくさんいるし演目も色々あるんですね」

片や元いた異世界の記憶がないヴィヴィアン、片や漫画やゲームなどのオタク文化ばかりが中心で本物のサーカスという物に触れてこなかったマリーにとって、異世界で初めて触れる刺激の強い娯楽施設だった。

 

 活気に気圧されてどのテントに行けばいいのかわからないまま立ち尽くしていると、呼び込みらしきネヴァーフの男に声をかけられた。

「お嬢さん達、ルネスは初めてかい?今ならうちの花形ダンサーサビーネのベリーダンスが見られるよ!男は勿論、女の子にも人気のショーなんだ、どうだい?今から見るなら安くしとくよ?」

「えっ?サビーネ?ちょうど今踊ってるんだ?良かった!せっかくだから見ていこうよ!」

「丁度良かった、私達サビーネさんに会いに来たんです。二人分、入れてもらえますか?」

「なんでぇ、サビーネの知り合いか。それじゃあ本当に安く入れてやらなきゃ怒られちまうな、今ならまだ始まったばかりだから、あっちの入り口から入りな」

口ぶりからするとおそらく観光客相手に入場料をボったくる手口だったのだろうが、サビーネの知り合いだとわかると苦笑しながらぶっきらぼうな口調になった。こっちがこの人の素なんだろうなと二人は思った。

 

 案内された入り口で入場料を払って天幕をくぐると、大きな円形劇場の中心では三人の露出度の高い衣装を着た女性ダンサーがスポットライトを浴びて妖艶に激しく踊っている。すり鉢形の底の舞台を囲むように階段状の客席が広がり、踊り子達をより近くで見ようと男達が舞台の近くの席でひしめきあっていた。観客席中段には興奮した男性客との揉め事を避ける為に女性客専用エリアが設けられていて、ヴィヴィアン達が入ってきた上段エリアには遅れて入ってきた客や揉め事を起こした客を摘み出す役割の男達が控えていた。

舞台上にはサビーネの他に二人のダンサーの姿と、スポットライトが当たらない位置には太鼓奏者、弦楽器奏者、管楽器奏者がそれぞれ演奏を奏でていた。

 

「どうせならもっと近くで見ようよ。ほらあそこの女性客エリア、まだ座れそうだよ」

ヴィヴィアンは目ざとく空いている席を見つけると、人混みをかき分けて進みだした。

「あっ、ヴィヴィアン、置いていかないでっ、すいませ~ん、と、通りま~す」

ヴィヴィアンより大柄なマリーは何度か人とぶつかりながら女性客エリアに辿り着いた。

 

 客席で動く姿があると舞台からは意外とよく見えるもので、サビーネは今入ってきたばかりの二人組の客が女性客エリアに辿り着くのを視界の端で捉えていた。

(あの二人……あっ、マリーとヴィヴィアン?わたしの舞台を見にきてくれたんですね)

すぐに二人に気付いたサビーネは振り付けの流れで女性客エリアの方へアピールし、二人に向けて投げキッスを送った。

 

 するとヴィヴィアン達よりも周囲の女性客から「キャ~!サビーネ様~!!」と黄色い声援が上がり、女性客同士で「今の投げキッスは私にくれたのよ」「絶対アタシ!」「もう一回!もう一回!」と盛り上がってしまったのでヴィヴィアンとマリーはサビーネが自分達に気付いたのではなく女性客へのファンサービスなのだと受け取っていた。

 

「サビーネさん、すごい人気ですね」

「さすが花形ダンサーだね。一緒に踊ってるお姉さん達も綺麗だけど、キラキラが段違いだ」

ヴィヴィアンの体に刻まれた「踊り子」としての記憶と「吟遊詩人」としての記憶がこの舞台を通して呼び起こされていた。

 

 

 およそ30分後、三人の女性ダンサーによるショーが終わると拍手と共に前の席でひしめきあっていた男達が一斉に移動しだした。円形の舞台では次の出し物の為にセットを組みなおし、先ほどまでいた演奏者達と次の演奏者が交代したりしていた。

「サビーネの出番これで終わりかな?今なら会えるんじゃない?」

「そうですね、次の演目に切り替わるみたいです。テントの外に行ってみましょうか」

 

 二人も外に出る客の流れに乗って一緒にテントを出ていくと、先に外に出ていた男性客と数名の女性客が何やら列を成してテントの裏側の方へと並んでいた。ヴィヴィアン達もサビーネが出てくるなら裏側かと思い列についていくと、これはダンサーの出待ちの列である事がわかった。

 

「サビーネ!今夜は俺と飲みに行ってくれよ!」

「レイチェル~!今日も綺麗だったよ~!」

「サビーネ様~!これ受け取ってください~」

「サビーネちゃん、輝いてたよ~!」

「カトリーヌ!俺だ!結婚してくれ~!」

 

 出待ちのファン達は思い思いの言葉を叫びアピールして、出てきた踊り子達は笑顔を返したり手を振ったり握手して交流していた。しかしサビーネだけは先ほどのショーで見せた顔とは別人のように笑顔を見せず、淡々とファンの相手をして言葉少なに「また来てください」「はい、どうも」と返しているだけだったので、ヴィヴィアンとマリーは親切で愛想のいいあのサビーネと同一人物かどうか不安になってしまった。

 

「あれ、サビーネだよね?疲れちゃったのかな?」

「どうしたんでしょう?私達来ちゃいけなかったんですかね」

不安そうに列に並んでいると、サビーネが二人の所までやってきた。

「向こうに寮があるから、あっちで」

それだけ伝えるとサビーネは他のダンサーと共にテントをぐるっと回ってファン達を撒きつつ「寮」に歩いていった。

 

 何か怒らせてしまったのかと思いながら、言われた通り二人は大テントの裏手の方にいくつかある生活感のある小テント小屋の方へとやってきた。

「寮」との言葉通り、こちらは主に舞台裏となっているようで、様々な芸人、猛獣と調教師、小道具や大道具が置かれていて「お客様はご遠慮ください」と注意されてしまいそうなエリアになっていた。

 案の定二人の姿を見たヒューリンの芸人に「ここはお客さんの来るところじゃないよ」と注意されてしまったが、「サビーネにここに来るように言われたんですが」と伝えると、「へえ、サビーネが?珍しい事もあるんだね、ちょっと待ってなよ」と二人を待たせてサビーネを呼びに行ってくれた。

 

「お待たせしました。わたしのテントへどうぞ」

 二人を迎えにきたサビーネはやはり無表情で最低限の言葉しか発しなかったが、特に怒っているような様子ではなかったので案内されるまま彼女のテントに入っていった。するとテントへ入った途端サビーネの態度が急変し、

「二人とも、わたしの踊りを見に来てくれたんですか?ありがとう!」

と、昨日と同じような笑顔と優しい話し方をしてくれたので二人もやっと安心して話をする事ができた。

 

「よ、良かった~。なんか邪魔しちゃったのかと思ってびくびくしちゃった」

「私達、ご迷惑かけてしまいましたか?大丈夫でしたか?」

「……? あ、ああ!そうか、ごめんなさい、驚かせちゃいましたね」

サビーネは自分の態度の変化が二人を困惑させていたことにここで初めて気が付いた。

「わたし、ステージ上ではお客さんに笑顔を振りまくのを忘れないようにしてるんですけど、踊ってない時はどうも緊張しちゃって表情作れないし喋り方も無愛想だってよく言われるんです」*1

そのギャップも含め彼女のファンには好評だったりするのだがそれについてはサビーネ本人は気付いていない。

「エルばあさんの温泉宿ではリラックスできるので、あそこで会ったあなた達にはこうして打ち解けられるようになったんですが、未だに他人の目がある場所だとどうも緊張してしまって……ごめんなさい」

「なーんだ」

「そうだったんですか」

「ところで今日は二人ともどうしてここに?本当にわたしの踊りを見に来てくれただけですか?エルばあさんは?」

 

 二人はエルばあさんから長めの休憩時間をもらった事と、ヴィヴィアンが神殿で冒険者登録してきたこと、二人ともエルばあさんの温泉宿以外でも仕事を見つけて少しでも宿代を払えるようにしたいのでこの町での仕事の依頼を見ていたらサビーネのいるこの芸団の募集を見たので来てみたことを説明した。

 

「確かにエルばあさんの宿、あ、風光明媚って言うんですね、わたしも名前知りませんでした。あそこは人手不足になるほどお客さん来ませんからね。わたしも穴場で落ち着くから気に入ってるぐらいですし。ということはヴィヴィアンの事をマリーにお任せしてしまったわたしにも責任がありますね」

「いや、責任という程のことでは……元はと言えばあたしが突然温泉に降ってきちゃったのが原因なんだし」

「エルばあさんからは何も言われてないので、私達が自主的に働こうと思っただけなんです」

「いえ、お二人の考えはわかりました、わたしにも協力させてください。二人ともこの芸団の募集を見てきたんですよね?何か自信のある特技や一芸があるってことですか?」

「自信のある、とまでは言えないかもだけど、たぶんあたし歌とか踊りとか、楽器の演奏なら少しはできるかも。サビーネほど上手にはできないかもしれないけど……」

「私は、強いて言うなら絵を描くのが得意なんですが……こちらでお役に立てる事はないかもしれないです。あ、力仕事なら大丈夫かも!」

「あ、マリーはお話が上手だよ。異世界のサムライの話とかたくさん知っててとっても面白く話してくれるの。弾き語り風にして人に話すとうけるんじゃないかなあ?」

「ふむふむ、なるほど……」

サビーネは二人の特技の説明を聞き、少し考えるとこう言った。

 

「では二人ともこれからわたしと団長代理に挨拶に行きましょう。うちのオーナーのミラルナさんは今出張中で、団長も別の街に出張しているので、団長代理のジョセフさんがオーディション担当なんです。今日のところはまだ忙しいので時間が作れませんが、明日にはオーディションの時間を作れるはずですから、ここで仕事するかどうかはその時に合否をもらうという事でどうでしょうか?」

「オーディションかあ」

ヴィヴィアンはなんだかわくわくしていて、

「お、オーディション、緊張しますね」

マリーは団長代理に挨拶をする前から固くなっていた。

「大丈夫ですよ。確かにこのムーンスター芸団は素人が簡単に立てる舞台ではないですが、二人からは何か面白い才能を感じます。わたしの踊り子としての直感が囁いています」

 

 

 3人は露天が集まって観光客と客引きでごった返す大テントの正面へと戻ってきた。

花形スターのサビーネがお客さんに見つかると騒ぎになるのではないかと思ったが、多少声をかけられたり握手を求められる事はあっても心配するほどの大騒ぎにはならなかった。

「ジョセフさん」

サビーネは人混みの中から先ほどヴィヴィアン達に声をかけてきた客引きのネヴァーフを見つけて声をかけた。

「あ、さっきのおじさん」

「この方が団長代理の?」

「お、なんでぇサビーネとさっきの姉ちゃん達か。なんだよこの姉ちゃん達からはボったくってねぇぞ」

ジョセフは他の客に聞かれないように悪態を付くと人混みから少し離れた場所に移動し煙草に火を付けた。

「どうしたんだよ、今日は温泉巡りしねーのかい?」

「ええ、この後行くつもりです。ジョセフさん、明日この二人のオーディションをしてください」

このジョセフの前でも緊張しているのかサビーネは無表情で必要最低限の伝達事項を唐突に切り出した。

「あぁ?オーディション?またお前は突然何を……ああ、そうかい、その姉ちゃん達は芸人だったのか。ダンサーかい?ジャグラーかい?ピエロ?テイマーか?それともコメディエンヌか?」

「えーっと、芸人というわけでは……」

「あの、アルバイトをさせていただけたら……」

ヴィヴィアンとマリーは遠慮がちに口を挟んだ。自分達の食い扶持の問題なのだから自分達で話をしなくては。

「んん?芸人じゃねえのか?じゃあ一体何のオーディションをやれっていうんだ?」

 

 ヴィヴィアンとマリーは今の自分達の生活の状況を説明し、サビーネに会いに来たらオーディションを受けるように薦められたとジョセフに話した。

「……ほぉ~。サビーネが薦めたのか」

サビーネは黙って頷いた。

「……面白ぇじゃねえか。なあ姉ちゃん達、よそもんのあんた達は良く知らねーだろうが、このサビーネはムーンスター芸団きっての花形ダンサーなんだ。はっきり言ってそこらの新米冒険者のダンサーとは格が違う。そんなサビーネが推薦するなんてことは、よっぽど面白い見世物をやってくれるって事だと期待しても、いいんだよな?」

ジョセフは煙草の煙をふかしながらニヤリと笑みを浮かべてヴィヴィアンとマリーを舐めるように睨み付けた。

 

「え、えぇ~~……?」

「ハードル上がりすぎてるんですけど……」

なんだか話が大きくなってしまった事に尻込みしているヴィヴィアンとマリーを無視して、サビーネは力強く頷いた。

「大丈夫、わたしが保証します」

 

 

 とんでもない期待をかけられたままオーディションの約束を取り付けたヴィヴィアン達は演目を終えたサビーネと共に、エルばあさんの様子を見に行く事も兼ねて温泉宿「風光明媚」の温泉に入りに行くことにした。

 

 

 

 

アリアンロッドRPG 2E 「穿て 異界の門」外伝

異世界人ヴィヴィアンの旅路

ルネス編③「煌く焔の踊り子」

 

 

▼つづく

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*1:西方ガイドのキャラ紹介の性格と整合性を保ちたかった